使途を限定せずに寄付しよう
非営利団体の世界に潜む知られざる呪い、それは使途指定の寄付です。非営利団体に関わったことがなければ、この言葉自体を聞いたことがないかもしれません。しかし、関わったことがある方なら、この言葉を聞いただけで顔をしかめたくなるはずです。
使途指定寄付とは、寄付者がお金の使い道を限定する寄付のことです。これは大きな寄付ではよくあること、むしろ当然のこととされているかもしれません。ところが、これはたいてい良い考えではありません。寄付者が望むお金の使い道は、たいてい非営利団体自身が選ぶ使い道とは異なるからです。もし同じであれば、わざわざ使途を限定する必要はないはずです。では、お金をどこに使うべきかをよりよく理解しているのは、非営利団体と寄付者のどちらでしょうか。
もし非営利団体が、寄付者よりもお金の使い道をよくわかっていないのだとしたら、その団体は無能だということになります。そんな団体には、そもそも寄付すべきではありません。
つまり、使途指定寄付は本質的に非効率なのです。無能な団体への寄付か、あるいは使い道を誤った寄付かのどちらかになってしまいます。
もちろん、この原則にも例外は二つほどあります。一つは、寄付先が包括的な組織である場合です。たとえば大学への使途指定寄付は理にかなっています。大学は名目上は一つの非営利団体ですが、実態はそうではないからです。もう一つの例外は、寄付者が非営利団体と同じくらいお金の使い道を理解している場合です。たとえばゲイツ財団は明確な目標を持ち、その達成のために個々の非営利団体へ使途を指定して寄付を行うことがよくあります。しかし、あなた自身がその分野の専門家であるか、包括的な組織に寄付する場合を除けば、使途を限定しない寄付のほうがより大きな善を生みます。
では、使途指定寄付が使途自由な寄付よりも善をなさないのだとしたら、なぜ寄付者はそれほど頻繁に使途を指定するのでしょうか。理由の一つは、善をなすことが寄付者の唯一の動機ではないからです。寄付者には他にも動機があることがよくあります。名を残したい、良い評判を得たい[1]、あるいは規制や社内の方針に従う必要がある、といった動機です。そもそも使途指定と使途自由の区別を考えたこともない寄付者も多いでしょう。特定の目的のためにお金を寄付するのが寄付の当然のあり方だと思い込んでいるのかもしれません。公平を期して言えば、非営利団体の方でも、こうした誤解を解こうとあまり熱心には働きかけません。そんな余裕はないのです。非営利団体を運営する人々は、常にお金のことで頭がいっぱいです。大口の寄付者に意見することなどできないのです。
これほど非対称な関係に、率直さを期待することはできません。ですから、私から非営利団体が本当は言いたいことを代わりにお伝えします。非営利団体に寄付したいと思うなら、使途を限定せずに寄付してください。お金の使い道を任せられると思うなら、その使い道の決め方も任せてください。
注
[1] 残念ながら、使途指定寄付のほうが使途自由な寄付よりも注目を集めやすい傾向があります。「X氏がアフリカに学校を建てるために寄付」という話は、「X氏がYという非営利団体に、Yの判断で自由に使ってよいお金として寄付」という話よりも単純に面白く、しかもX氏自身により多くの注目を集めるのです。
謝辞 Chase Adam、Ingrid Bassett、Trevor Blackwell、Edith Elliotの各氏に、本稿の草稿を読んでいただいたことに感謝します。
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