役に立ちたいなら、誰かを不快にする覚悟が必要だ
原文は Nat Eliason により に公開されました。 このブログを購読する
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ソーシャルメディアとバイラリティ(拡散性)がもたらした、あまり認識されていない弊害のひとつは、インターネットをかえって役に立たない場所にしてしまったことだ。
僕が10年以上前にネットで書き始めた頃は、今のような「バズる」という概念自体がなかった。何か論争を呼ぶようなことを書いても、それに反対する人たちによって拡散され、批判の群衆が自分のデジタルな扉の前に押し寄せる、なんてことはほとんど起こり得なかった。
この2、3年でそうした事態は少し落ち着いてきたが、その時代が残した爪痕のひとつは、穏健な意見を持つ人ほどアドバイスや洞察を共有したがらなくなったことだ。
それは自分自身の感覚としてよくわかる。僕も群衆に扉を叩かれた経験がある。以前ほど気にならなくなったとはいえ、記事を書き始めるたびに、今でも頭の片隅でそのことが引っかかるのだ。
「これを書くことは、反対する人たちからの反発を受けるリスクに見合うのだろうか?」と自問してしまう。そして正直に言えば、役に立つはずだと思う記事が、下書きのまま眠っているものがたくさんある。批判する人たちに対応したくないからだ。
それが良い理由にならないことはわかっている。臆病なことだともわかっている。でも、その気持ちは確かにある。そして、ネットで叩かれた経験のない人なら、その気持ちはなおさら強いのだろうと思う。
世の中には、極めて有益な洞察や視点を持ちながら、群衆を刺激するリスクを恐れて黙っている人がどれだけいるだろう。書かれずに終わった記事はどれだけあるだろう。横暴な少数派を怒らせるリスクを恐れて、どれだけの当たり前の考えが封じ込められているのだろう。
最近、自分に強く言い聞かせようとしている考えがある。ここで役に立つための唯一の方法は、誰かを不快にするリスクを取ることだ。そしておそらく、もし誰かを不快にするリスクをまったく取っていないのなら、あなたが言っていることは有益である可能性は低いのだ。
誤解しないでほしいが、わざと誰かを不快にさせろと言っているわけではない。ただ、今はあまりにも簡単に人を不快にさせてしまう時代だから、そのリスクを受け入れるしかないということだ。
中にはそれをやりすぎて、わざと好戦的な態度を見せることで影響力を得ようとする人もいる。
彼らは、健康やお金や幸せについて何かを語れば、必ず攻撃されることをわかっている。だからその反応を先取りする形で、あえて攻撃的で誇張したスタンスを取る。攻撃されることを半ば誘い込むのだ。そうすればメッセージが拡散することを知っているからだ。
残念ながら、このやり方は効果がある。そうした強硬さを好むフォロワーは確かに集まるが、一方で、その情報を求めている穏健な人たちを遠ざけてしまう。攻撃的な物言いに嫌気が差してしまうからだ。
好戦的なスタンスを取らなければバズりにくい、というのはある程度真実だ。しかし、たとえ誰かを不快にするリスクがあっても、冷静に提示された有益な情報は、それでも人の心に届くことがある。
子どもを持つことは思っていたより素晴らしく、そして楽だという記事を書いたとき、この内容に怒り、叩こうとする人が出てくることはわかっていた。でも、そのメッセージは公開する価値があるほど重要だと思い、投稿することにした。

それ以来の反応は、この仮説が正しかったことを強く裏付けてくれた。確かにコメント欄やソーシャルメディアで攻撃してくる人はいたが、それ以上に多くの人が共感してくれたのだ。公に反応してくれた人もいれば、個人的にメッセージをくれて、書いてくれてありがとうと伝えてくれた人もいた。
ある人は、その記事を読んで子どもを持つタイミングを早めることにしたと言ってくれた。それほど大きな影響を与えた文章を、他に書いたことがあるとは思えない。
このことは、この問題がいかに根深いかも浮き彫りにした。僕が書いたような考えが、何年も前から友人グループの一部ではひそひそと囁かれてきたのだと、多くの人が教えてくれたからだ。周りにはこの話をしてはいけない親がいることを知っているから、秘密にしておかなければならないと感じているというのだ。
これは残念なことだ。「子どもを持つことは、思っているよりずっと素晴らしいかもしれない」というメッセージは(もしそう思うなら)誰もが気兼ねなく口にできるはずのものだからだ。だが、不快にさせてしまうことへの恐れがその考えの広がりを妨げ、将来親になるかもしれない人たちに届かないのだ。
20代の何人かからは、そう言っている人を一度も聞いたことがなかったという声さえ聞いた。彼らが聞いたことがあるのは、子育ての愚痴を大声で語る人たちの声だけだったのだ!
この文章を書いているのは、一つには自分自身への戒めのためだ。たとえ群衆を自分の扉の前に呼び寄せるリスクがあったとしても、書く価値のあるトピックは書くべきなのだ。
誰かを不快にしたからといって、あなたの努力が無駄だったことにはならない。共感はしばしば静かなものだ。それはいいねであり、シェアであり、パソコンの前で黙って頷く仕草であり、あなたが決して耳にすることのないものなのだ。
だから、書かなければならない。
恐れから避けているそのトピックこそ、あなたがこれまでに世に出すものの中で最も重要なものになるかもしれない。
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