ニュー・ノーマル
原文は Mitchell Hashimoto により に公開されました。 このブログを購読する
“ニュー・ノーマル”とは、私が人生で何度も目にしてきた現象につけた名前だ。周りにいる人々によって、何が“当たり前”なのかという感覚が塗り替えられる出来事を指す。その結果、抱く野心も、それを実現できる可能性も変わっていく。自ら進んでニュー・ノーマルを求めることで、思いもよらなかった方向へ人生が進むこともある。
振り返ってみると、今日の自分を形作っているのは、ニュー・ノーマルを手に入れた4つの決定的な出来事だ。一言でまとめると、偶然、機会、選択、そして自信である。
驚くことに、技術分野以外にいる友人たちも含め、多くの友人が似たようなパターンを辿っているように見える。ニュー・ノーマルを得た瞬間を振り返って考えることは、自分がどう成長してきたかを確認し、次にどこへ向かうべきかを考える、面白い思考実験になる。
1つ目の出来事:偶然
最初の決定的なニュー・ノーマルが訪れたのは12歳のときだった。人気のブラウザゲームのチートプログラムを作ることに特化したオンラインのBBSに参加していた。放課後は毎日2〜4時間をそのBBSで過ごし、暇さえあればウェブゲームの抜け穴を見つけ、その抜け穴を自動化するシンプルなWindowsプログラムを書いているような人たちと交流していた。
14歳になる頃には、このBBSで知り合った一度も直接会ったことのない友人と一緒に、ウェブゲームのチートを作って月額25ドルで販売するビジネスを始めた。高校1年で月400ドル以上を稼ぎ、自分では途方もなく裕福になった気がしていたが、数社から差止通告を受け、(主に困惑した両親の強い要請で)店じまいするまで続けた。
現実世界の友人は誰一人として私が何をしているのか理解できず、両親は私が異常な行動をとっているのではないかと心配していた。いつの間にか、私にとっての“当たり前”は、(両親に許された、あるいは気づかれていない)起きている時間のすべてを、ゲームをチートするためだけにプログラミングの腕を磨くことに費やすことになっていた。だって、ネット上の友人はみんなそうしていたのだから。それが普通だったのだ!
2つ目の出来事:機会
18歳になる頃には、私の日常は固まっていた。毎日欠かさずプログラミングをし、時間の大半をオープンソースに費やし、あらゆることについてブログを書いていた。東京へ旅行中ですら、夜な夜なPHPのZend Frameworkへの詳細な提案を投稿していた。自分が情熱を注げるものを見つけたのだと確信していた。
PHPコミュニティでの活動や、当時運営していた今はなきPHPブログ(最盛期には1万人以上の読者がいた)が、最初の機会につながった。わずか2文の短いメールで、Ruby on Railsプログラマーとして働かないかという誘いだった。
数週間のやり取りを経て、その仕事を得た。その会社は、新しいテック系スタートアップのためにMVPを構築することを専門としていた。そこで初めてスタートアップの世界に触れた。私はそのコンサルティング会社で開発者として、年間少なくとも4つの異なるテック系スタートアップで、MVPの構築を手伝った。
単にかっこいい技術的プロジェクトを作ったり、ひたすらオープンソースに取り組んだりするのではなく、消費者向けのウェブアプリケーションを作ることがどんどん増えていった。再び日常は変わった。人々にとって役立つウェブアプリケーションを作り、素早くリリースし、その対価を得る。それが当たり前になった。私はスタートアップに恋をした。
3つ目の出来事:選択
大学卒業が近づくにつれ、サンフランシスコへ移り住み、スタートアップで働かなければならないと確信するようになった。これまでのニュー・ノーマルの得方とは根本的に違う変化だった。何かが起こるのを待つのではなく、自ら主体的に、知り合いのいない新しい街へ移り、なりたい自分像に囲まれる道を選んだのだ。
偶然にも、ウェブゲームのチートビジネスを一緒に始めたあの友人を介して、2010年にブライアン・ウォンと出会い、Kiipで最初に採用されたエンジニアになった。2011年にサンフランシスコへ移った。
Kiipでは、ブライアンが資金調達する様子を最前列で見ることができた。交流イベントを通じて、何十社ものベンチャーキャピタリストや創業者たちと出会うこともできた。若くして成功した人、これから頭角を現す人、業界のベテラン。誰もが、サンフランシスコのテックシーンを形作る一面を私に見せてくれた。
自分が誰に囲まれるかを自ら選ぶことで、日常は再び変わった。情熱をひたむきに追い求めることが当たり前だった。圧倒的に不利な状況でも大きな夢を追い、成功できると信じることが当たり前だった。何歳であっても、会社を起こすことが当たり前だった。
4つ目の出来事:自信
2012年半ば、Kiipで2年強働いた後、退職して自分の会社、HashiCorpを立ち上げる決断をした。
これは決して計画していたことではなかった。Kiipには少なくとも4年はいるつもりだったし、Vagrantはずっとマイナーなサイドプロジェクトのままだと思っていた。だが、Vagrantの人気が急速に高まり、企業から特定の機能やサポートを求めるプレッシャーが強まり、そしてもっと多くの時間をVagrantに費やしたいという自分の気持ちが、変化を決意させた。
以前から何度も、Vagrantで独立すべきだと言われてきた。しかし、サンフランシスコへ移るという選択によって日常の感覚が変わるまでは、本当に飛び込むための自信を持つことができなかった。
そして、今ここにいる。私はまた次の日常の変化の瀬戸際にいると感じている。それがいつ訪れ、自分の行動がどう変わるのかはわからない。ただ、振り返ったときに、自分の決断や野心がそれによってどう導かれたのかを見るのが楽しみでならない。
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