Ghostty、GitHubを離れる
こんなことを書くのは理屈抜きに悲しいのだが、GhosttyはGitHubを離れることになった1。
私はGitHubのユーザー番号1299、2008年2月に登録した。
それ以来、18年以上、毎日欠かさずGitHubを開いてきた。1日に何度もだ。人生の半分以上にあたる。もちろん例外も数日あったはずだが(データがあれば見てみたい)、1年で1週間以上開かなかった年はないと思う。
GitHubは、私を一番幸せにしてくれた場所だ。どんな時でも時間を作って向き合ってきた。つらい失恋をしたときは? オープンソースに没頭した……GitHubで。大学時代、朝の4時に周りがみんな寝落ちしているときも? 「もう1コミットだけやろう」。新婚旅行中、妻がまだ眠っている早朝も? そう、GitHubだ。振り返れば、そこで過ごす時間が一番幸せで、ずっとそこにいたかったのだ。
面倒なことさえ楽しかった! 世の中にはSNSを延々と眺めてしまう人もいるが、私はそんな言葉が生まれるずっと前から、GitHubのIssueを延々と眺めていた。休暇中も、じっくり読みたいGitHub上のプロジェクトをブックマークしておく。ソースコードだけでなく、OSSのプロセスや、他のメンテナーが難しい状況にどう対応するか、といったことまで。などなど。信じられないかもしれないが、私はそれが好きなのだ。
病気だと言う人もいるかもしれない。だが私にとって趣味も仕事も情熱も、すべてが一致していて、人生の大半、それらがインターネット上のただ一つの場所に集約されていた。それがGitHubだった。
私がVagrant(初めて成功したオープンソースプロジェクト)を始めた大きな理由の一つが、GitHubに就職したかったからだって、知っていただろうか? 隠していることではない。何度も話しているし、20歳のときに行ったVagrantについての初めての登壇でも、「うまくいけばGitHubが雇ってくれるかも!」と冗談を言ったほどだ。
GitHubは私にとって夢の職場だった。結局そこで働くことはなかったが(向こうに非があるわけではない)、私にとって理想の場所だった。エンジニアは素晴らしく、プロダクトも素晴らしかった。毎日、呼吸するように向き合う存在だった。今もそうだし、この18年間ずっとそうだった。ひとりの人が生まれて成人するまでの時間、そのすべてをGitHubとともに過ごしてきたのだ。
最近、私は公の場でGitHubをかなり厳しく批判してきた。きつい言い方もした。怒りをぶつけた。誰かの気持ちを傷つけたこともある。当たり散らしていたのだ。なぜならGitHubは、毎日、私を裏切り続けているからだ。そしてそれは、個人的なことなのだ。理屈を超えて、個人的なことなのだ。人はモノをそこまで愛すべきではないというくらい、私はGitHubを愛している。だからこそ怒っているのだ。そこで働く人たちを傷つけてしまったこと、心から申し訳なく思っている。
こう感じるようになってから、もう長い時間が経つ。ただ、この1か月間は記録をつけていた。GitHubの障害によって仕事に支障が出た日には「×」印を付けていく日誌だ2。ほぼ毎日が×だった。この記事を書いている今日も、GitHub Actionsの障害のせいで、2時間近くまったくPRレビューができなかった3。毎日、何時間も締め出されるような場所では、もう真剣な仕事はできない。
もう、私にとって楽しい場所ではなくなってしまった。そこにいたいのに、向こうは私にいてほしくない。仕事を進めたいのに、向こうはそれをさせてくれない。ソフトウェアを届けたいのに、向こうはそれをさせてくれないのだ。
もちろん、良くなってほしいと思っている。でも、私はコードを書きたいのだ。そして、もうGitHubと一緒ではコードが書けない。申し訳ない。18年経って、私は行かなければならない。いつか戻ってこられたら嬉しいが、その時は言葉や約束ではなく、実際の結果と改善が伴っていなければならない。
Ghosttyプロジェクトの移行先については、今後数か月のうちに詳細を共有する。計画はあるが、現在も複数の移行先候補(商用・FOSSの両方)と協議を続けている段階だ。
GitHubへの依存をすべて取り除くには時間がかかるが、できる限り段階的に進められるよう計画している。現在のURLには、読み取り専用のミラーを残す予定だ。
私個人のプロジェクトやその他の活動は、当面GitHubに残す。最も影響を受けているのは、私自身やメンテナー、そしてオープンソースコミュニティが関わるGhosttyなので、今回の変更はそこに焦点を当てている。その先については、また様子を見ていきたい。
脚注
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