GUIはアンチソーシャルだ
原文は Michael Lynch により に公開されました。 このブログを購読する
先週、CoRecursiveポッドキャストのPowerShellの主任アーキテクト、ジェフリー・スヌーバーへのインタビューを聞いていた。
そのインタビューで一週間ずっと頭から離れない場面がある。スヌーバーがグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)は本質的に「アンチソーシャル」だと主張したところだ。
気づいたんですよ――マウスはアンチソーシャルだって。GUIはアンチソーシャルなんです。それってどういうことか? 解決すべき問題があって、それをGUIで解決したとする。手に入るものは何か? 解決された問題、それだけです。
でもスクリプト環境のコマンドラインインターフェースでそれを解決すれば、成果物が残る。そして突然、その成果物を誰かと共有できるようになるんです。
ちなみに、やり方には巧みさが表れることもあるんです。GUIを巧みに使っている人なんて見たことがない。一度たりともね。そこには巧みさなんてないんです。『なんてこった、アダムのマウスのクリックの仕方を見てくれよ。おい、みんな、みんな、ほら来てくれ! 見てくれよ、アダムがボタンをクリックするぞ! なんてこった! すごすぎる!』なんてことには絶対にならない。
スヌーバーはこれを、印象的なコマンドラインスクリプトを見たときの反応と対比させている。
『なんてこった! プルーストがやったことを見たか? あれは驚異的だよ! こいつはマジで天才だ』って感じになる。そして『ねえ、それをくれよ。そのテクニックを盗んで自分のコードに応用するんだ』となる。あるいは成果物が手元にあって、それを公開すれば、みんなが使ってくれる。そこには感謝の借りが生まれる。ビールをおごってもらうような借りだね。
…
だから、これはソーシャルな環境なんです。とにかくね。本当にあの瞬間は――『いやあ、めちゃくちゃ楽しいじゃないか!』って感じだったんです。
スヌーバーのこの捉え方が気に入っている。スクリプト可能なインターフェースはGUIよりも構成可能で再利用しやすいことはよく知られているが、ある意味でスクリプトの方がより人間的だと感じられるという点は考えたことがなかったからだ。
スクリプトは、GUIにはないやり方で人々が創造性や創意工夫を表現することを可能にする。そしてスクリプトには、お互いにテクニックを学び合うことを楽しむような相互作用があるが、GUIではそれは起こらない。
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