マーシャル・B・ローゼンバーグ博士著『Nonviolent Communication』
原文は Michael Lynch により に公開されました。 このブログを購読する

- 私の評価: 7 / 10
- 購入リンク
Nonviolent Communicationは、脆弱性を分かち合い、共感を提供することを中心に据えたコミュニケーションのスタイルについて論じている。本書の最大の強みの一つは、個人的な感情や批判的思考を排除してしまうような、安易なコミュニケーションにありがちなパターンを浮き彫りにしている点にある。共感に関する議論も示唆に富んでおり、共感的に耳を傾けるスキルをどのように高められるかに気づかせてくれた。
本書から得た最大の収穫の一つは、人々が「〜しなければならない」と口にするのがいかに当たり前になっているか、そしてそれが本当に「しなければならない」ことなのか、なぜそう感じるのかを考えもせずにそう言っているかということだった。本書を読んでから、私は「このメールを書かなければならない」といった言い方を避けるようにしている。そのような言い方は、自分がメールを書くと選択した事実から自分を不必要に切り離してしまうからだ。
「Xをしなければならない」と「Xをすることを選んでいる、なぜなら…だからだ」の区別は、当初はばかげているように思えたが、考えれば考えるほど理にかなっていると感じるようになった。今では、私は基本的に「Xをしたい」と言うようにしている。もしやりたくないのであれば、それが最終的に望むことへ至るための中間ステップなのか、それともそもそもやる必要のないことなのかを検討する。
本書はCrucial Conversationsと多くの共通点がある。どちらも、重要な局面での会話において判断と事実を切り離すことの重要性を強調している。また、どちらも全員が安心して、きちんと耳を傾けてもらえていると感じられるようにすることを提唱している。
Nonviolent Communicationは脆弱性や感情に焦点を当てている分、やや感情的で柔らかい印象があるのに対し、Crucial Conversationsはより臨床的でプロセス志向だ。どちらの本もその技法をあらゆる状況で使うことを勧めているが、私自身はCrucial Conversationsは仕事上の関係に最も適しており、Nonviolent Communicationは友人や愛する人との関係に合っていると感じている。
良かった点
- 選択の余地がないことや無力感を無意識にほのめかす言葉遣いが、私たちにどれほど浸透しているかを浮き彫りにしている点:
- 例:「このメールに返信しなければならない」「あなたが私を怒らせた」
- 自分の選択や、他者の言動に対する自分の反応に責任を持つという考え方に共感した。
- 彼の考えの多くが、大切な人とのコミュニケーションを改善する上で役立っている。
- 相手が落ち込んでいるときに共感し、慰めようとする自分のやり方を見直すきっかけになった。
気になった点
- 本書が推奨する反映的傾聴のスタイルが、私には見下されているように感じられる。
- A:「今日は最悪の一日だ!」
- B:「今日が思い通りにいかなくて、気が滅入っているように聞こえます」
- 例として挙げられるエピソードの多くが誇張されていたり、現実離れして感じられる。
- 例:著者は、暴力的なギャングのメンバーを前に講演し、彼らが怖いと正直に伝え、なぜ自分を真剣に受け止めてくれないのかと質問し続けたエピソードを語っている。講演の最後に、彼らは著者を今までで最高の講演者だと称えたという。
- 例文の文法が不自然で、英語を母語としない人が書いたように読める。
- 例:「私は私たちの対話においてより多くの敬意を必要としている」
- 後半は前半の考えを実践した人々の物語が大半を占めており、あまり面白いとは思えなかった。
- 著者は自身や仲間のセラピストが作った歌の歌詞を引用するのが好きだが、私には響かなかった。
主要な学び
非暴力コミュニケーション(NVC)
非暴力コミュニケーション(NVC):心から与えることにつながるコミュニケーションの方法。
- NVCは、自分自身の感情に焦点を当て、判断を保留することで、より思慮深くコミュニケーションをとる方法である。
- NVCのプロセス:
- 自分の気分に影響を与えた具体的な出来事を観察する。
- その出来事に関連して自分の中に生じた感情を特定する。
- その感情を、自分のニーズ、価値観、願望へと遡ってたどる。
- ニーズを満たすために他者に具体的な行動を要請する。
評価的な思考
- 「彼女は怠け者だ」「彼は理不尽だ」といった評価で考えることは、問題が本来自分の満たされていないニーズにあるにもかかわらず、他者に責任を転嫁する。
- 評価的な言葉は私たちを問題から切り離し、自分が抱いている感情に責任を持たずに済むようにしてしまう。
選択の余地がないかのような言葉遣い
- 人はしばしば「〜しなければならない」「〜する必要がある」といった形で選択を語る。
- このような言葉遣いは、話し手がその行動を自発的に選んでいないかのようにほのめかすが、実際には自ら選んでいる。
- ナチス将校アドルフ・アイヒマンの裁判では、彼はナチスが残虐行為について「アムトシュプラーハ(Amtssprache、役所言葉・官僚語)」という言葉で語り合っていたと述べた。
- なぜ戦争犯罪を犯したのかと追及されると、ナチスは「やらなければならなかった」といった答えを返した。
- 責任を否定する言葉遣いの例:
- 曖昧で非人称的な力 — 「部屋を掃除したのは、しなければならなかったからだ」
- 自分の状態、診断、個人的・心理的な来歴 — 「私が酒を飲むのは、アルコール依存症だからだ」
- 他者の行動 — 「子どもを叩いたのは、彼が道路に飛び出したからだ」
- 権威者の指示 — 「顧客に嘘をついたのは、上司にそう言われたからだ」
- 集団の圧力 — 「タバコを吸い始めたのは、友達がみんな吸っていたからだ」
- 組織の方針、規則、規制 — 「校則だから、この違反で君を停学にしなければならない」
- 性別役割、社会的役割、年齢による役割 — 「仕事に行くのは嫌いだが、夫であり父親だからやっている」
- 抑えられない衝動 — 「キャンディーバーを食べたい衝動に負けてしまった」
- 個人の主体性を小さく見せるコミュニケーションのスタイルは、階層的な社会で暮らすことの副産物かもしれない。
- 少数の人々が大勢を統制する社会では、市民が選択の余地がなく無力であることをほのめかす言葉でコミュニケーションすることが、支配者にとって都合が良い。
思いやりを妨げる言葉遣い
- 「〜に値する」という言葉は、しばしば話し手の思いやりを妨げる
- 例:「彼は罰せられるに値する」
- 「に値する」は対象に悪という属性を与え、相手は共感に値しないという含みを持たせる。
観察と評価を分ける
- 人は、意見や評価に基づくフィードバックよりも、客観的で論争の余地のないフィードバックに対して心を開きやすい。
- フィードバックの客観的な部分と主観的な部分を切り分けることができる。
コミュニケーション 観察と評価が混ざった例 観察と評価を分けた例 評価する主体が評価に責任を持っていることを示さずにbe動詞を使う あなたは寛大すぎる。 あなたが昼食代をすべて他人にあげているのを見ると、あなたは寛大すぎると思う。 評価的な含みを持つ動詞を使う ダグは先延ばしにする。 ダグは試験の前夜にしか勉強しない。 他者の考え、感情、意図、願望についての自分の推論が唯一可能なものであるかのように示唆する 彼女は課題を提出しないだろう。 彼女は課題を提出しないと私は思う。
あるいは
彼女は「課題は提出しません」と言った。予測と確実性の混同 バランスの取れた食事をしなければ、健康を損なうだろう。 バランスの取れた食事をしなければ、健康を損なうかもしれないと心配だ。 指示対象を具体的に示さない 移民は自分の所有物を大切にしない。 ロス通り1679番地に住む移民の家族が、歩道の雪かきをしているのを見たことがない。 評価が行われていることを示さずに能力を表す言葉を使う ハンク・スミスは下手なサッカー選手だ。 ハンク・スミスは20試合で1ゴールも決めていない。 評価が行われたことを示さない形で副詞や形容詞を使う ジムは醜い。 ジムの容姿は私の好みではない。
「いつも」「決して〜ない」「頻繁に」「めったに〜ない」といった言葉は、しばしば評価を伴う:
- 評価:あなたはめったに私の望むことをしてくれない。
- 観察:私が何かを提案した直近の3回、あなたはやりたくないと言った。
感情を表現して絆を深める
- 脆弱性や感情を表現することで、相手はより自分とのつながりを感じる。
- 感情を言葉にする際に具体性を持たせると、コミュニケーションの質が高まる。
- 例:「気分が良い」よりも「わくわくしている」の方がよい。
感情に責任を持つ
- 他者の行動は私たちの感情のきっかけにはなっても、原因ではない。
- 私たちの感情は、自分自身の選択、ニーズ、期待の結果である。
他者からの否定的なフィードバックへの4つの反応
- 自分を責める:相手の評価を受け入れ、それが自尊心に影響することを許す。
- 他者を責める:話し手に非があるとして批判を拒絶する。
- 自分自身のニーズと感情を感じ取る:聞いた批判に対して自分がどのような感情を抱いているかを観察する。
- 他者の感情とニーズを感じ取る:相手のニーズをどのように満たせなかったのかを理解しようと探る。
感情に対する個人の責任を曖昧にする典型的な話し方
- 「it」や「that」のような非人称的な言葉遣い
- 「パンフレットにスペルミスがあると、本当に腹が立つ」
- 「あれは本当に気になる」
- 「私は〜だから〜と感じる」という形
- 「あなたが愛していないと言ったから傷ついた」
- 他者の行動だけに言及する
- 「誕生日に電話をくれないと傷つく」
これらの話し方は、感情の背後にあるニーズと結びつけることで修正できる。
- 「私は[感情]を感じている、なぜなら[根底にあるニーズ]だからだ」という形を使う。
- 例:
- 「公的なパンフレットにあのようなスペルミスがあると、私はとても腹が立つ、なぜなら会社がプロフェッショナルな印象を与えてほしいからだ」
- 「上司が約束を破ったことに腹が立つ、なぜなら兄に会うための長めの週末をあてにしていたからだ」
ニーズや願望を肯定的な言葉で伝える
- 自分の望みを肯定的な行動の形で伝えれば、相手からそれを得られる可能性が高まる。
- 人は自分が望まないことを口にしがちだが、それでは誤解や誤った解釈の余地が広がる。
- 何を望んでいるかを明確にすればするほど、それを得られる可能性は高まる。
- 会議やグループでの議論では、どのような反応を期待しているかをまず考えずに発言することで、意図せず時間を無駄にしてしまうことがよくある。
リクエストと要求の違い
- リクエストと要求の違いは、話し手が相手の非協力にどう対処するかにある。
- 相手が従わなかったときに話し手が罰を与えるなら(罪悪感を抱かせることや不平を含む)、それは要求だったことになる。
- 話し手が拒否を気持ちよく受け入れるなら、それは誠実なリクエストだったことになる。
- 相手がリクエストに従わなかったときに罰を与えることを習慣にしてしまうと、相手はリクエストを要求として解釈するようになる。
- すると相手は恐れから従うか、反発するかのどちらかになる。
- 明確に願望を表現し、相手がそれを満たさない選択をした場合、その答えを気持ちよく受け入れることが重要だ。そうしなければ、相手は自分のあらゆる願望を満たすよう要求されていると感じてしまう関係を生んでしまう。
共感的に受け取る
- 人は他者の感情を聞くときに、十分に寄り添えていないことがよくある。
- 真の共感をもって聴くことを妨げる典型的なパターン:
- 助言する:「君は〜すべきだと思う」「どうして〜しなかったの?」
- 張り合う:「そんなのまだましだよ。私に起きたことを聞いたら…」
- 教育する:「これは君にとってとても前向きな経験になり得る、ただ…すればね」
- 慰める:「君のせいじゃない。最善を尽くしたんだよ」
- 自分語りをする:「それで思い出したんだけど…」
- 打ち切る:「元気出して。そんなに落ち込むなよ」
- 同情する:「かわいそうに…」
- 尋問する:「それはいつ始まったの?」
- 釈明する:「電話するつもりだったんだけど…」
- 訂正する:「実際はそうじゃなかったよ」
- 共感的に聴くためには、話し手が次の何について語っているのかを捉える:
- 観察していること
- 感じていること
- 必要としていること
- 要請していること
- これら4つを明らかにする一つの方法は、推測を口にして相手に合っているか確認することである。
- 「耳を傾けてもらう必要があるから、気が滅入っているように感じていますか?」
- 「先週、私が何晩も外出していたことに反応しているのですか?」
共感をもって自己評価する
- 自分自身を評価するときにも、自己共感を用いるべきである。
- 自己評価が恥の感覚につながる場合、私たちは成長し改善することはあっても、自己嫌悪に突き動かされていることになる。
- むしろ、自己判断を内なる要求へと翻訳する。
- 一般的に、私たちが「〜すべきだ」「〜すべきでない」と言うとき、その裏にあるメッセージは、自分の振る舞いがニーズや価値観とずれているということだ。
- 恥を抱かせる言い方(悪い例):「あのドーナツを食べるべきではなかった」
- 根底にある価値観を特定する言い方(良い例):「ドーナツを食べて得られる一時的な快楽よりも、健康を保つことの方が私にとって優先度が高い」
- 満たされていないニーズを特定することは、自分自身を許し、恥の中でくよくよし続けることを避ける助けになる。
罰の限界
誰かを罰しようとするとき、私たちは自らに2つの問いを投げかけるべきである:
- 相手に、現在していることと何を違えてほしいのか?
- 相手に、私の頼みを実行する理由として何を望むのか?
例:部屋を片付けない子どもを罰する
- それは権威に従うことを教えるが、清潔さや整理整頓が本来持つ利点を理解する助けにはならない。
共感的な対話が、しばしば力や罰の行使に代わるものとなり得る。
記事をランダムに読む
コメント
ログインしてコメントする