GitHub Was Never About the Source Code

Matthias Endler

GitHubの本質はソースコードではなかった

原文は Matthias Endler により に公開されました。 このブログを購読する

またしてもGitHubがダウンしたのを機に、ずっと書こうと思っていたこのブログを書くことにした。

障害発生時に表示されるGitHubのユニコーンのエラーページ

これを書き始めたとき、Hacker Newsでトップにあったコメントがこれだ:

さまざまな理由から、特定の志向を持つ誰もがつながれる中心的な場所が存在し、それはコミュニティ全体にとって外部にも利益をもたらしていた。その場所はもはや維持不可能になりつつあり、信頼と安定性の喪失とともに、コミュニティは散り散りになり始めている。[…] しかし、中核となるコミュニティや「誰かを探すならここ」という暗黙の了解といった、そこから自然に生まれた機能は失われていくだろう。そしてそれは、私たち全員にとって紛れもなく大きな損失だ。

これには心から共感する。GitHubの本質はソースコードではなかった。そこは友人たちと集い、彼らが作ったものを見て、彼らがスターを付けたクールなプロジェクトを発見する場所だ。いまでも見に行く唯一の「Facebook」と言ってもいい。もう他にこんな場所はない。

GitHubは衰退しつつあり、その周りのコミュニティも崩れ始めている。僕のフィードは基本的に、同じ2人がリポジトリにスターを付けてやたらと「アクティブ」に動いているだけだ。あとはノイズばかりだ。(スクリーンショットをお見せしたいところだが、あいにくGitHubがダウンしている。)

「AI」はこの流れを加速させただけだ。最近では、生身の人間からプルリクエストが来ればラッキーなほどだ。9割がた相手がボットでは、変更について議論するのも楽しくない。

誰かが開発者のためのコミュニティを作ってくれることを願っている。今ほどそれを必要としている時はない。

僕の考えでは、コードはどこに置いてもいい。スターやコメント、プロジェクトの近況などは、KeybaseMastodonのような共通のネットワークを通じて共有できるはずだ。

このアイデアが気に入ったら、メールで知らせてほしい。

この記事は「muse-spark-1.2-contributor」を使用して翻訳されました。

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