億万長者たちを見ている
先日チャンピオンズリーグの決勝を見ていて、ふと思った。自分はいつも、億万長者たちを見ているんだ。
選手は億万長者、監督も億万長者、クラブのオーナーも億万長者。なんだか現実離れしている。
今週は『ジョン・ウィック:バレリーナ』を観た。やはりそこには億万長者のキアヌ・リーブスがいて、アナ・デ・アルマスもそうだ。
昨日はトランプとマスクがけんかしているという話を聞いた。彼らは億万長者どころではない、ビリオネアだ!
これを書いている今、ドイツの音楽フェスティバル、Rock am Ringのライブ配信を見ている。Weezerが演奏中だ。この人たちも全員、億万長者だ。
これをどう受け止めればいいのかわからない。妙な気づきだけれど、共有する価値はある気がする。
エリートへのこうした注目が、身近な人たちから目をそらさせる、という話にもできる。でも、少し違う。もっと気になるのは、これがどれほど当たり前になってしまっているかだ。
たぶん、べき乗則が働いているだけなのだろう。少数の人が頂点に上り、私たちは彼らを見ることで、その存在をさらに大きくしている。でも、どの分野でも大半の人は億万長者ではない。私たちが彼らを見ていないだけだ。
あなたはいま、小さな人間が書く小さなブログにいる。ここまで読んでくれたなら、感謝したい。あなたも小さな物語を大切にしているように見える。
あなたが私と似ているなら、小さな物語を楽しむだけでなく、積極的に探してもいるはずだ。けれど今では、そういうものはあまりに少ない。人が自分の物語を共有する場所はまだあるけれど、どこを探せばいいかを知っていなければならない。
何にせよ、私たちはもっと共有すべきだ。小さなこと、日々の瞬間、出会う人たち、自分が大切に思うことについて書こう。誰かほかの人生を生きるな!
Weezerのリードシンガー、リヴァース・クオモはかつてこう書いた。
今の自分の動機は、当時とはまったく違う。当時はひどく不満で、クラシックの作曲家や作家、あるいは要するに自分ではない何かになることを夢見ていた。今はただ、自分の人生を楽しみ、責任あること、つまり卒業をしたい。
これは彼のハーバード大学への復学願書(2005年)からの引用だ。
何年もたってからハーバードに戻るよう、誰かに強制されたわけではない。その頃には、彼はもうれっきとした億万長者のロックスターだった。
それでも、彼はそうした。
彼はふりをするのをやめ、生きることを始めた。
私たちは、ほかの人の人生を見続けなくてもいい。
自分の人生を生きよう。
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