最初の一目盛りは魔法だ
原文は Marcin Wichary により に公開されました。 このブログを購読する
数年前、他に類を見ないチャンネル Technology Connectionsが、天井扇や室内用ファンの奇妙なデザインの癖についての17分の動画を投稿した――多くの場合、選択肢はより自然なOff → Low → Medium → Highではなく、Off → High → Medium → Lowの順に並んでいるというものだ。このチャンネルとしては少し脱線した内容だが、ときに奇妙な物理的制約が現実世界でのデザインにどう影響するかに興味があれば、ぜひ見てみてほしい。

動画の中では、ホストがより自然な順序についても触れており、通常はこのような見た目をしていたと紹介している。






この手のインターフェースに見覚えはないだろうか。自分はラジオ(「音量ゼロ」がそのまま「オフ」を意味するもの)や、テレビ/初期のコンピューターディスプレイ(「輝度ゼロ」が「オフ」を意味するもの)ではっきりと覚えている。これらのコントロールには、記憶に残る特別な何かがあった。モーターの有無にかかわらず――「オフ」の領域に出入りする際の、手応えのある重いクリック感。まるでインターフェース自体を壊さなければならないかのような感触だ。
これもまた、アナログ時代の古い慣習だと思っていた。だが、画面の中でも「最初の一目盛りだけが特別」なインターフェースに、今でもときどき出くわすのだ。
ときには、macOSでキーのリピート速度を調整するときのように、その概念をかなり文字通りに落とし込んだものもある。
あるいは、同様にDockの拡大率を選ぶときもそうだ。
だが、もう少し概念的なものもある。たとえばNovaでは、ズームスケールの最初の一目盛りを「リスト」表示という選択肢として扱っている。
また、Chromeの新しい水平タブでは、好きな幅にリサイズできる。ただし125pxを下回ると、最小幅である55pxに直接スナップし、無駄を削ぎ落とした純粋にアイコンだけのコントロールが並ぶ、一回限りの「カラムビュー」になる。
これらにはいずれも長所と短所がある。
短所としては、扇風機や音量コントロールと同じく、オフにすると物理的につまみが何らかの「値」から離れてしまうため、状態を記憶できないことが挙げられる。オン/オフが別のボタンになっていれば、好みの音量に合わせたままラジオを置いておき、二度と触れずに済むのに、というわけだ。また、画面上に独立したトグルがある場合と比べて、見つけやすさでも劣る。(Nothing Phoneによる、よりクラシックな例がこちらだ。)
長所はどうだろう。コンパクトだ。「オフ」から何らかの値へと、明示的に「オン」にするステップを挟まずに、一度の素早いジェスチャーで切り替えられる。視覚的な意味でもよりシンプルだと言えるかもしれない。
だが、それだけではない。どこか……魔法めいているのだ。うまく言えないが、それこそが古い物理的なコントロールと新しいデジタルなそれとを、自分の中で結びつけているものだ――ちょっとしたおまけで、ちょっと違っていて、ちょっと特別な存在。退屈で均一な部品だけで作られた予測可能なインターフェースの単調さを破ってくれる。(悲しいことに、上の画面上の例では一つとして触覚フィードバックを使っているものはないのだが!)
そして、それはなかなか良いことだと思う。単にシェイプコーディングなどによってUIに変化をつけるという極めて機能的な意味だけでなく、UIをもっと面白くするという意味でも。
音量の話で言えば、macOSではかつて、それを一種のHUDとして表示していた。「最初の一目盛りが特別」なラジオのつまみと、初期のテレビのオンスクリーンインターフェースの両方から着想を得たようなデザインで。
だが20年以上を経て、macOS Tahoeではそれがこんな見た目に変わった。
一貫性が高まったという主張や、近接していることでこれらのコントロールの居場所がコントロールセンターであることを教えてくれるという理屈は理解できる。それでも(自分だけではないようだが)、これはとてつもなく退屈で、まさにWindows的なやり方だと考えずにはいられない。そして、この変更は四角いアイコンと同様に、macOSがまた一つ魔法を失った瞬間なのだと。
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