何かをアニメーションさせることと、それをうまくアニメーションさせることはまったく別物だ
原文は Marcin Wichary により に公開されました。 このブログを購読する
Jakub Krehelによる新しいブログ投稿。AIによって制約などいとも簡単に無視できてしまう時代における、自己制約についての内容だ。
ただ、正直なところ、この投稿は個人的にはあまりまとまっているとは感じなかった。AIの話からアニメーションの話へ飛び、またAIへ戻るという著者の構成に、一貫性が感じられなかったのだ。
一方で、記事の中盤で紹介されていた、アニメーションと過剰なアニメーションを並べて見せるいくつかの好例には惹きつけられた。以前にもsugarやjuiceについて語ったことがあるが、今回の話はその議論に連なるものだ。その一例がこちら。
すべてのアニメーションが徹底的に意味を持ち、機能的である必要はない。グラフィックデザインやアイコノグラフィー、タイポグラフィのすべてがそうである必要がないのと同じだ。ただ、デザイナーとして成長することの一部とは、誰に言われるでもなく「余計な」ものに使う予算を自ら制限し、そしてその限られた予算を本当に、とびきりうまく使い切る方法を知ることにある。
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