「ちょっとネットで検索すれば、やり方を順を追って教えてくれるはずだ」
原文は Marcin Wichary により に公開されました。 このブログを購読する
2018年、トム・クルーズとクリストファー・マッカリーがタッグを組んで、フレーム補間、いわゆるソープオペラ・エフェクトの危険性についての短いPSAを作った:

エキサイティングな映像で知られる二人が作ったにしては奇妙なほど退屈な動画だが、そこには興味深い論争が詰まっている。彼らの主張を要約するとこうだ。家庭用のテレビには、通常24fpsの映画に中間フレームを生成して60fpsの映像のように見せる機能がある。たいていデフォルトでオンになっているが、オフにすべきだ、というのだ。
面白いのは、60fps以上というのはある意味で客観的には優れているということだ。動きはより滑らかに見えるし、より多くのものが知覚できる。注意して見始めると、映画的な24fpsにおける素早いパンや激しい動きはどれもひどくカクカクして見える……
……もちろん、それは完全に的外れでもある。24fpsを擁護する論拠は、それが単に映画というものの文法であり、アナモフィックレンズによる青いフレアや縦方向の歪みと同列のものだという点にある。映画は情報を伝えることが目的ではなく、ある種の感覚を伝えることが目的なのだ。(そして、伝統という側面もある。)
こんな話を持ち出したのは、スクロールをめぐっても似たような争いが起きているのを見つけたからだ。
Vivaldiで適当なページを開き、下矢印キーをしばらく押しっぱなしにしてみよう。ページは塊ごとにガクッ、ガクッとスクロールし、最初の一回のキー押下と、その後に合成されるオートリピートの押下に即座に反応する:
Firefoxもキーの受け取り方は同じだが、そのカクつきを補間することで60fpsの動きへと「アップグレード」している:
そしてSafariはまったく別のアプローチを取る。どちらかといえばゲームの物理エンジンに近い考え方だ。Safariが聞いているのは、↓を押したとき(スクロールという「モーター」がオンになるとき)と、↓を離したとき(オフになるとき)だけだ:
これが面白い効果を生む。動きはFirefoxよりもさらに滑らかだ。カクつくものを無理に均そうとしているのではなく、それ自体が本質的に滑らかだからだ。
同時に、このやり方はどこか緩い感じもする。1960年代の古い車を運転しているような感覚だ。しかも速度をコントロールする余地が一切ない。Safariのページは、キーボード設定がどうであれ、常にこの速度でスクロールする。(もっとも、他のブラウザが尊重するキーリピート速度によるコントロールも、タイピングにも影響する以上、幻想に過ぎないという見方もできる。スクロールの速度を変えるためだけに、わざわざあの設定を変えるだろうか?)
もちろん、フレーム補間とのたとえは厳密には成り立たない。Safariがソープオペラなわけでも、Firefoxがテレビのスムージング機能なわけでも、Vivaldiが映画的な体験なわけでもない。映画やテレビとは違って、ここには期待や伝統といったものは存在しないと思う。
ただ、この文脈に限って言えば、Firefox、そして特にSafariの方が優れていると私は思う。なぜならここで問題なのは情報を伝えることであり、より滑らかなスクロールの方が、目や脳が無数の小さな「直前」と無数の小さな「直後」をつなぎ合わせる助けになるからだ。
とはいえ、ここで主に伝えたかったのは、キーボードとは所詮、名前を変えたボタンの集合体に過ぎないということを思い出してもらうためだ。そして時には、キーの長押しを眺めて、こう判断してみるのもいい:
- これは脈打つように連続するキーストロークの連なりなのか、
- それとも、ボタンが押されて、やがて離されるという一連の動作なのか?
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