カバーレター? もちろん!
原文は Jason Fried により に公開されました。 このブログを購読する
採用プロセスでカバーレターを重視していると書くたびに、決まって「今どきカバーレターなんてあるの?」とか「カバーレターなんて誰がまだ読んでるの?」といった反応が、決まった顔ぶれから返ってくる。
昨日もらったのがこれだ:
https://x.com/amfonte/status/1924996546896036278
答えはイエスだ。カバーレターは今でもあるし、僕らは今でも間違いなく読んでいる。しかも必須にしている。かなり大きな重みを置いているのだ。
カバーレターは、努力、気配り、明晰な思考、伝える力、そして勤勉さを示す最初のサインだ。すべて基本中の基本だ。
応募があれば、僕らが最初に読むのがカバーレターだ。そして出来が悪ければ、その応募者について読むのは間違いなくそれが最後になる。そこで終わりだ。カバーレターは青信号か赤信号かなのだ。
優れたカバーレターは、その人について、ほかの何にも代えがたい形で物語を伝えてくれる。カバービデオという手もあるし、そちらも喜んで見るが、やはりどう書くかが見たい。37signalsでのコミュニケーションのほとんどは文章で行われるのだから、カメラの前では素晴らしくても、文章がダメなら話にならない。
カバーレターにはもう一つ見抜けることがある。その仕事に応募しているのか、それとも手当たり次第に応募しているだけなのかということだ。汎用的な一斉送信の文面なのか、そのポジションへの情熱を込めて僕ら宛てに書かれた個人的な手紙なのかは、見ればすぐにわかる。僕らが採用したいのは後者だ。前者の人は他をあたってほしい。
優れたカバーレターは長すぎず、短すぎない。ただ、その人自身のことが、僕らが読みたいと思う言葉で綴られている。もっと読みたくなるような言葉で。
だから僕らはそこから始める。そこから先は他にもいろいろ見るが、どこからか始めなければならない。そして僕らにとって、その出発点こそが神聖なカバーレターなのだ。
-Jason
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