大切なことを忘れないために
原文は Henrik Karlsson により に公開されました。 このブログを購読する

1.
数ヶ月に一度、ツイートを読んだり誰かと会話をしたりして、これは重要だ、絶対に覚えておかなければと感じることがある。そうした啓示には、しばしば本当は前から知っていたはずだという感覚が伴う。ただ、なぜかすっかり忘れていたのだ。
そして数日間は、確かに覚えている。私の生は新たな強度を帯びてきらめき、掴んだ真理のままに生きる。だがやがて、注意を向けるべきものごとのベルトコンベアは容赦なく回り続け、頭の中は解決すべき些細な問題や、新たな啓示や、ニュースのような雑音でいっぱいになる。すると目から輝きは消え、私はまたいつもの自分に戻ってしまう。
注意を惹くものが溢れる騒音のなかで、何が大切かを見失ってしまうこの傾向を、ラテン語ではstultitiaという。「Stultitiaとは、」とミシェル・フーコーは「Self-writing」で書いている。
精神の動揺、気の散漫、意見や欲望が移ろいやすいこと、そして結果として起こりうるあらゆる出来事の前での弱さによって定義される。また、それは心を未来へと向けさせ、新奇な考えに興味を抱かせ、獲得された真理を所有することのうちに自らにとっての確固たる拠り所を与えることを妨げるという特徴も持つ。
主体性(high agency)についてのブログ記事を読んで可能性に胸が膨らんだからといって、その日から主体的な人間になれるわけではない。ジョン・グレイがJ・S・ミルについてのモノグラフで述べているように、私たちの性格とは「習慣化された意志の束」だ。行動の変化を永続的なものにするには、私たち自身が別の人間にならなければならない。
ピアノを習得すると決意するだけでは足りないのと同じように、子どもが駄々をこねたときにカッとならず、立ち止まって耳を傾け、自分の神経系を使って子どもの神経系を落ち着かせるのだと気づくだけでも足りない。もし気づきだけで済むなら、私はどれほど立派な人間になれていたことか。だが、子どもの苛立ちに穏やかさと好奇心をもって反応することも、ピアノを弾くのと同じく一つのスキルであり、ピアノと同様、持続的な注意と練習を通じて神経系を配線し直すことが学びには必要だ。ある振る舞いの価値を悟ることは、一時的な動機を与えてはくれる。しかし長期的に自分の信じる通りに生きるためには、それを習慣にしなければならない。
そしてこれは、ピアノの練習を習慣化するよりもずっと難しい。ピアノの練習のようなことを習慣にしようとするとき、定番の助言は、すでに存在する習慣に紐づけることだ。たとえば朝歯を磨いた直後に練習する、午後に仕事着から着替えた直後に練習する、といった具合に。新しい習慣をすでに身についている習慣に連結させれば、練習を思い出すための予測可能なきっかけが得られる。だが私たちの人格を形作る習慣は、往々にしてこうした予測可能なスケジュールには従わない。たとえば私には、子どもたちがいつ駄々をこねるかまったく予測できない(分かっているのは、それが決まって私が最も優雅に対処できないときに起こるということだけだ――子どもも私も、ともに妙に空腹で疲れているようなときに)。衝突はどこからともなくやって来るように見える。だから私は、どういうわけか常に正しい仕方で振る舞える準備をしておかなければならない。ギリシャ人でありながらローマの奴隷であった哲学者エピクテトスが言ったように、正しい反応を「手元に用意して」(procheiron)おく必要があるのだ。前の晩にヨハナと、子どもの衝突にどう対処したいかを話し合っておけば、たいていはうまく対処できる。問題は、それを常に意識の前面に留めておくことなのだ。
2.
ローマ帝国の最初の二世紀のあいだに、hypomnēmata(ヒュポムネーマタ)と呼ばれる実践が広まった。瞑想のための道具として使われた一種のノート術であり1、書き手は読んだ本からの引用をそこに蓄積した。毎朝、しばしば早朝に、ノートの持ち主は手帳を開き、自分が悩んでいることに関連する一節を探し、それについて瞑想する――そこから意味を解きほぐし、その考えを意識の前面に押し出し、それが自分の中で生き生きと保たれるようにするのだ。たとえば勇気が必要なら、勇敢に振る舞うとはどういうことかを自分にとってリアルにしてくれる逸話について瞑想すればよいリアルにしてくれる。狙いは、読書を通じて集めた洞察を、時間をかけて人格へと転化すること、すなわち自分の考え方や見方や振る舞い方に深く根づいたものにすることだった。
私の理解では、これは上で述べた問題に対抗するために考案されたエクササイズだった。大切なことについて瞑想することは、朝の習慣に紐づけられるシンプルな習慣だが、それは計画できない習慣、すなわち人格を形作る習慣を補強してくれる。フランスの古典学者ピエール・アドの言葉を借りれば、これは精神的エクササイズ(spiritual exercise)だった。労力と規律を要するがゆえにエクササイズであり、知性だけでなく感情や道徳的性格を含めた全人格を巻き込むがゆえに精神的なのだ。それは、人格の形成を熟練を要する実践として捉え、的を絞ったエクササイズによって意図的に鍛え、向上させようとする試みだった。
この実践の最も有名な例は、ドナウ川沿いの軍事遠征中に疫病が陣営を席巻するなか、マルクス・アウレリウスが天幕の中で書き綴った瞑想録だが、当時の「教養階級」のあいだではかなり広く行われていたようだ。いくつもの生活指南書で繰り返し勧められていたのは、より倫理的に真実な生き方へと自分を深く駆り立てる思考の断片を片っ端から集め、夜明け前の時間にヒュポムネーマタをめくり、自分の現状に関連する箇所――洞察に満ちた引用、模範となる事例、目撃した行為、交わした会話のメモなど2――を探し出し、今抱える課題に向き合うために役立つものについて、正しい仕方で行動する意欲が湧いてくるまで、書くことを通じて瞑想せよ、というものだった3。
たとえばどんなものがあるだろうか。6月14日の今日、私は首を変な角度にしたまま寝てしまったせいで頭痛とともに目が覚め、仕事をする気になれなかった。1時間ほどぐずぐずしているあいだ、ヨハナは私に一日を始めさせようとしていたが、そこでナビール・S・クレシが自身のためにまとめたリストのなかの原則23を思い出した。
何かをすることは元気を与え、時間を無駄にすることは気分を落ち込ませる。君はそんなに「休息」を必要としていない。
コーヒーを片手に農場を歩きながら4、この観察の真実を自分に思い起こさせているうちに、わずかなやる気が湧き、このエッセイの書き直しに没頭するだけの気力が生まれた――今では頭痛も引き、気持ちは高揚している。瞑想の素材となりうるもののさらなる例については、ナビールのリストを見ることを勧めたい。私が瞑想の対象として好むのは、自分が憧れるエートスをリアルにしてくれる物語だ。たとえば、ヴェルナー・ヘルツォークが『ノスフェラトゥ』のロケハンでブルターニュを訪れていたとき、一文無しのままメンヒル(巨石)が立ち並ぶ野原に偶然出くわし、どうやってその巨大な石が建てられたのかという謎を解くまで、仕事を放り出してその野原に留まることに決めたという話――この物語は「自分の好奇心を真剣に受け止める」とはどういうことかを、私にとって身体感覚を伴って理解させてくれる。
ヒュポムネーマは、心を大切なことに集中させ、大切なことについての理解を徐々に洗練させるための仕組みだった。プルタルコスの言葉を借りれば、それはethopoiesis(ethos=「性格」、poiesis=「制作」)のための道具、真理を性格へと変換するための道具だった。自分がどう生きたいかをリアルにしてくれる文について毎日瞑想することで、正しいことを行うのを思い出し、日中にそれを実践することを思い出すのだ(ただ考えるだけでは自分は変わらない)。そして徐々に、そのような人間になっていく。もはや自分に思い出させる必要さえなくなる。原則が性格そのものになるのだ。自分自身をより良い仕方で保つというスキルにおいて、熟達していくのである。
3.
私がヒュポムネーマタをこのような仕方で使うというアイデアに初めて出会ったのは、8年前に友人がフーコーの「Self-writing」を送ってくれたときだった。そのエッセイでフーコーは、ヘレニズム期やローマ帝国期に自己を形作るために用いられたヒュポムネーマタやその他の読書・書写の様式について論じている。私はその実践を完全な形で身につけることはしなかった。だが今そのエッセイを読み返すと、それが私の書き方にどれほど影響を与えてきたかが分かる。私のエッセイは(しばしば)自分が拠って生きたい核となる考えを深め、強めたい自分の部分を鍛えるために行う瞑想なのだ5。(論文や書簡を書くことは、ヒュポムネーマタの内容を内面化する一般的な方法だった。)そしてこの実践は、私にとって変容をもたらすものだった。何かについて書き、考えることで、現実の経験が豊かになることに私はしばしば気づいてきた。
だが今にして思うのは、フーコーが書いていた実践の方が、私が行き着いたやり方よりもおそらくはるかに変容的だったということだ。エッセイを書くことには途方もない時間がかかり、その時間の多くは自己変容とは無関係なことに費やされる。私は自分の心を再形成することよりも、機能的で美しいエッセイを書くために役立つ文学的・技術的な問題を解くことに多くの時間を費やしている。工芸としての喜びのためでもあり、読者のためでもある。私の実践のもう一つの限界は、エッセイが完成すると次へと移ってしまうことだ。考えは――たとえそれがずっと深められ、心の中により堅固に根づいたとしても――注意の圏外へと落ち、色褪せ始める。
ここには自己欺瞞の要素がある。私はエッセイを書くのが好きなので、それを強力な実践であり、より充実して生き、成長する助けになると考えるのは心地よい。だが冷静に見れば、エッセイ執筆はethopoiesisの目的にとって理想的な実践ではないことは明らかだ6。自分がやっていることが、自分が望む成果をもたらしていると思い込みがちだが、それを裏づける証拠がないことも多い。私たちを変容させ、向上させると謳う実践は数多くある――セラピー、瞑想、サイケデリクスなどだ。しかしそう謳われているからといって、実際に私たちに大きな効果をもたらすわけではない。何年もそうした技法を使い続けても、抱える問題に何の進展も見られない人をよく見かける。特定の成果を得たいのであれば、その目標から出発し、どの実践が実際に役立つのかを見極めることが大切だ。
最も重要な考えは、毎週、さらには毎日立ち戻る必要がある。したがってエッセイ執筆は、日々大切な真理を意識の前面に留めておくための実践の機能的な代替にはならない。だが、その結論にたどり着く助けにはなってくれた。
クレジット
本エッセイは、私が書いた精神的エクササイズについてのより長いエッセイの断片に基づいている。そのエッセイはうまくいかず、ヨハナがそのうちの数段落を使って新しいエッセイにすることを提案した。彼女はまた、本エッセイの本文の主たる論旨と大まかな構成も提案し、第二稿を再構成して私たちが主たるアイデアと見なすものに焦点を移し、私のいくつかの誤った議論を正してくれた。
着想はピエール・アドの『Philosophy as a Way of Life』や、ミシェル・フーコーの『The Hermeneutics of the Subject』『The Care of the Self』、そして「Self-Writing」を読むなかで得た。また、マイケル・ニールセンとの数度にわたる会話や、彼のターニャ・ルールマン著『How God Becomes Real』についてのノート、そしてアレクサンダー・オーベナウアーとの彼の実践についての会話からも影響を受けた。Claude Fable 5(故)が4件の事実誤認を正してくれた。
1 ヒュポムネーマタを残すという実践自体は、この時点で既に400年以上の歴史があったが、私の理解では、この時代を境にその実践は大きく変容し、本エッセイで述べたような、より瞑想に特化したタイプのノート術へと移行した。
2 こうしたノートを実際にどうやって残せばいいのか。多くの人は洞察を得るとAppleメモなどに書き込むが、二度と見返すことがなく、やがてごちゃごちゃになって、必要なときにそのアイデアがどこにあるのか分からなくなる。ローマ人がどうやって適切な蝋板やパピルスにたどり着いていたのかはよく分からない。最も簡単なのは、最も重要なアイデアや物語のために単一のドキュメントを保持し、それぞれを思い出しやすくする短く覚えやすい概念ハンドル(länk)をつけておくことだ。もしノートを構造化する手間をかけたくないのであれば、LLMはもはや十分に強力なので、雑然としたノートの中からでも関連する引用を見つけ出してくれる。Claude CodeやCodexにノートへのアクセスを与え、自分が考えていることに関連する箇所を探すよう頼めばよい。これは自分で作業するほど強力ではないが、ただ忘れてしまうよりはましだ。
3 どこかで読んだのだが、ヒュポムネーマタについて瞑想する際、ローマ人やヘレニズム期のギリシャ人は、その日に従って生きたいと願う原則についても意図を設定していたという。今その典拠が見つからないのだが、ヨハナがよく私に言うことと響き合う。すなわち、事前に自分の立場を自分自身に明確にしておけば、筋を通すのはずっと容易になる、というものだ。たとえば、誰かがプロジェクトの提案をしたいと電話をかけてきたとき、私はしばしば相手の熱意に巻き込まれたり、適切な境界線を引くことに居心地の悪さを感じたりする――そもそも何が適切な境界線なのかさえ分からないことも多い。考慮すべきことが多すぎて、リアルタイムで自分の立場を判断できないからだ。そうして、引き受けるべきでないことを引き受けてしまう。だが事前に考えを巡らせ、自分が何を達成したいのか、自分の原則は何かを明確にしておけば、それが自分の望むものと合致しているかがより見えやすくなり、自分の立場をはっきりと伝えることができる。もっと頻繁にそうできればと思う。少なくとも、引き受ける前に必ず一度立ち止まって自分一人で考える時間をくださいと頼むという原則だけでも、覚えておければ。
4 セネカやエピクテトスなら、瞑想は必ず書くことを通じて行えと主張しただろう。書くことはより深く自分を関与させ、読んだものを「肉や血へと」(in vivres et in sanguinem)変換するというのがその論拠だ。しばしば繰り返される比喩を用いて、セネカはこう書いている。「我々は蜜を作るのに適した花から蜜を摘み、持ち帰ったものを巣房に整理して分配する蜂に倣うべきだ……我々は読んだものを消化しなければならない。さもなければそれは記憶には入っても、心には入らない」。食物は、それがもとのままである限り負担でしかない。血や肉へと変化して初めて力となる、と彼は言う。書くことを通じて自分の思考を真剣に解きほぐそうとしなければ、あるトピックを理解したつもりになっていても、実際に書いてみれば無知が露わになり、思考は変容させられるのだ。
5 フーコーを読んだことが、私の書き方の変化に直接どれほど寄与したのかはよく分からない。それは私自身が試行錯誤を重ねて辿り着いたことでもある。私は次第に、自分の人格や注意を形作る意図をもって書くようになっていき、それはそうすることで得られる深い現前の感覚によって駆動されてきた。だが、あのエッセイの考えが、私の書き方の変遷を理解し、方向づけるための雛形を与えてくれたのは確かだと思う。私はしばしばあのエッセイに立ち戻り、自分がやろうとしていることを理解するためにプルタルコスのエートポイエティークな(ethopoetical)書法という言葉を使ってきた。
6 ただし、エッセイ執筆が得意とすることは、ある考えを深く掘り下げ、ある事柄についての思考を再構築することだ。それは物事をきちんと揺さぶりたいときの介入のようなもの、同じことについてずっと考え続ける3週間のセッションのようなものだ。日々の実践を補完するものとしては有用だと私は考えている。
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