場所としてのMac
John Gruber、Daring Fireballにて:
私にとってMacintoshは、いつもモノというより場所のように感じられてきた。物理的に行く場所ではなく、知的に心が向かう場所だ。仕事をしたり遊んだりして、フローに入っているときはいつでも、MacOSこそ自分がいる場所だと感じてきた。私はMacの中にいる。Macでフローに入っているとき、たとえば玄関のベルや電話の着信といった中断は、一瞬方向感覚を失わせる。あの世界から引き離され、物理的な世界へと戻されるからだ。
macOSがなぜこれほど特別なのかを、見事に要約した表現だ。あのフロー状態には、邪魔をせず、素早く反応するソフトウェアが必要だ。
これはプロダクトデザイナー(あるいはチーム全体)が受けられる、最高の褒め言葉だと思う。
残念ながら、iPadでは同じようなフローに入れたことがない。そしてこれは画面サイズには左右されないことだと、かなり確信している。
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