場所としてのMac
原文は Francesco Puppo により に公開されました。 このブログを購読する
Daring FireballでJohn Gruberはこう書いている:
私にとってMacintoshは、モノというよりずっと場所のように感じられてきた。物理的に行く場所ではなく、知的に心が向かう場所だ。仕事をしていても遊んでいても、フローに入っているときは、いつも自分はmacOSの中にいるように感じられる。私はMacの中にいる。Macでフローに入っているときに、たとえばインターホンが鳴ったり電話がかかってきたりして中断されると、一瞬見当がつかなくなる。あの世界から現実の世界へと引き戻されるからだ。
macOSがなぜ特別なのかを見事に言い表している。あのフロー状態に入るには、邪魔をせず高速で応答性の高いソフトウェアが必要だ。
これこそプロダクトデザイナー(というかチーム)が受け取れる最高の褒め言葉だと思う。
残念ながら、私はiPadでは同じフローに入れたことがない。しかもそれは画面の大きさの問題ではないとほぼ確信している。
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