人間の愚かさの基本法則
2016年にトランプ氏が当選して以来、私はこの法則についてよく人に話してきました。イタリアの経済史家カルロ・チポラ(Carlo M. Cipolla)が1976年に書いた『人間の愚かさの基本法則』は、友人たちに配るユーモラスな小冊子として始まりました。
この小冊子はコピーや口コミで広まり、やがてさまざまな出版物にも掲載されるようになりました。正式な書籍として出版されたのは1988年のことで、イタリア語で『Allegro ma non troppo』という本に収録されたのが最初です。1
以下が、チポラの提唱する5つの基本法則です。
- 常に必ず、誰もが世の中にいる愚かな人間の数を過小評価している。
- ある人物が愚かである確率は、その人物の他のいかなる特徴とも無関係である。
- 愚かな人間とは、他者あるいは集団に損失を与えつつ、自らは何の利益も得ず、むしろ損失を被ることさえある人間のことである。
- 愚かでない人間は、常に愚かな人間の破壊力を過小評価する。とりわけ、愚かでない人間は、いかなる時も場所も状況においても、愚かな人間と関わることは常に代償の大きい過ちになるということを忘れがちである。
- 愚かな人間は、最も危険なタイプの人間である。
チポラはこのリストを、次の言葉で締めくくっています。
系:愚かな人間は略奪者よりも危険である。
これを読んで、どんな馬鹿の顔が思い浮かびましたか?もしかすると、あのペドのオレンジ男に投票した連中でしょうか?
私たちは、人は(他人を害してでも)自分の利益のために合理的に行動するものだと思い込みがちです。しかし愚かな行動は、目的もなく破壊的で、何の利益ももたらさず害をなすだけです。
チポラのWikipediaページには、以下の図が掲載されています。
チポラの2つの指標をグラフにすると、人々は4つのグループに分類されます。無力な人は社会に貢献しながらも搾取されています。賢い人は社会に貢献し、その貢献を自らの利益につなげています。愚かな人は自分自身と他者の双方の利益に反しています。盗賊は、社会全体の福利に純損失をもたらしてでも自身の利益を追求します。さらに無能な人というカテゴリーが独自に存在するか、あるいはグラフの中心に位置すると考えることもできます。
さあ、イーロン・マスクや他のテック寡頭制の面々のことを考えずにこれを読んだとは言わせないでください。
心に留めておきたいのは、盗賊と愚かな人間の区別は、彼らが引き起こした害によって実際に何か得をしたかどうかが分かって初めて明らかになることが多いということです。
愚かな行動がとりわけ破壊的なのは、予測不可能で目的がないからです。
チポラがこれを書いてから約50年が経ちますが、彼の第4法則は今とりわけ重要に感じられます。愚かでない人間は、愚かな人間の破壊力を常に過小評価します。私たちは、合理性などないところに合理性を期待し、混沌しかないところに隠された戦略を探し続けてしまうのです。
脚注
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