スライドデッキだらけなのはなぜだ?
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リアルな仕事の世界からのニュース:どうやら10年から20年ほど前のどこかの時点で、スライドデッキを送り合ってコミュニケーションするのが標準になったらしい。これらのスライドは決してプレゼンされることがない。そもそもプレゼンされることを意図されていないのだ。生まれて、回覧されて、そして消えていく。いったい何なんだ?
強調しておくが、問題はなぜ(あるいはそもそも)人々がひどいプレゼンをするのか、ではない。

謎なのは、なぜみんながプレゼンではないコミュニケーションのためにプレゼン用ソフトを使っているのか、ということだ。
セオリー1:みんなバカだから
みんなバカだからなのか? この説を最初に持ってきたのは、愛する読者のみなさんがこれを気に入るだろうと思ったからだ。
たしかに、なぜ文章を書くのではなくスライドを作るのかと人に尋ねると、大抵「だって誰も読みたがらないから」という答えが返ってくる。そういうことではある。だが、これが説明になっているとはあまり思えない。たしかに我々はバカかもしれないが、バカなのは昔からだ。もし15年前にスライド世(Slideocene)に突入したのだとしたら、なぜその時だったのか? なぜもっと前ではなかったのか?
セオリー2:読解力の低下
我々は読むのが下手になったのか? 世間の言説(The Discourse)ではすでにそうだと決まったかのようだが、それは本当なのか、それとも単なるモラルパニックなのか?
1971年以来、米国では13歳を対象に読解力の長期的な推移を測るテストが行われている。これによれば2012年まではゆっくりと向上し、その後ゆるやかに低下し、最後にコロナ禍後に落ち込んでいる。ただ、この低下は小さすぎるし、遅すぎて、我々の謎を説明できるとは思えない。

2000年以降、PISAは世界中の15歳を対象に読解力をテストしてきた。これが示すところによれば、平均すると低下傾向にはあるが、豊かな国ではその幅は小さく、米国に限れば皆無だ。(理科でも同じ話で、数学ではもう少しネガティブだ。)
成人についてはデータが乏しい。基礎的な識字率は概ね向上しており、米国の時間の使い方に関するデータでは、楽しみのための読書時間が2003年の1日あたり約23分から2023年には約16分へと減少している。ただ、これはスマホで読む時間を取りこぼしているように思える。
つまり、人々が読むのが下手になったのかどうかははっきりしない。今の人々は大人になってから複雑な文章による議論と格闘する時間が減り、その結果そうした読解が苦手になった、というのはありそうに思える。だが、確かな証拠はほとんどない。
セオリー3:技術の変化
もう一つの分かりやすい説は、今ではコンピュータもソフトもインターネットもある、というものだ。これらがなければスライドをメールで送り合うことなど不可能だった。これは関係ありそうだ!
そうではあるが、スライド文化が本当に定着するかなり前から、我々はそれらを手にしていた。そしてコンピュータ以前の状況を考えてみてほしい。1980年代半ばにはコピー機は企業のオフィスにあまねく普及していたし、謄写版(ガリ版)はその何十年も前からあった。もしスライドが本当にそんなに素晴らしいものだったのなら、人々は手書きでだって作れたはずだ。だが誰もそうしなかった。
もちろん、手書きでスライドを作るのは劣っている。だが、そこまで劣っているわけではない。だからスライドがそこまで大きな勝利だったはずがないのだ。
実際に何が起きたのか?
そして……分かりやすい説はだいたいここで尽きる。どれもあまり納得できるものではない。だから一歩引いてみよう。歴史的に見て、ドキュメントとしてのスライドはどのようにメモ(文書)を駆逐したのか?
私が調べた限りでは、これは経営コンサルティング会社が推進したものだった。1960年に遡れば、彼らは詳細な文書のメモを納品していた。メモこそが成果物だった。プレゼンもおそらく行ってはいたが、それは別のおまけのようなもので、フリップチャートや黒板を使って行われていた可能性が高い。
1970年代も、まだメモが成果物だったが、コンサル会社はトップダウンの論理構成(ピラミッド原則)を徹底し始めた。プレゼンは酢酸フィルム(OHPシート)に移行した。メモもプレゼンも、9ボックスや成長・シェアマトリクスのような手描きの図がよく含まれていた。
1980年代も、メモは依然として成果物だったが、プレゼンはどんどん長く、洗練されていった。Genigraphicsのような高価なコンピュータがチャート作成に使われ始めた。
変化が始まったのは1990年代だ。その頃にはPowerPointが至るところに普及し、若手アナリストは自分でプレゼンを作成することを期待されるようになった。コンサル会社は徐々に、(1)クライアントは必ずしもメモを読まない、(2)クライアントはスライドを気に入り、プレゼンが終わった後も長く回覧する、(3)メモと洗練されたプレゼンの両方を作るのは多大な労力がかかる、ということに気づき始めた。彼らはスライドにより多くの労力を注ぐようになった。特にマッキンゼーはスライドを主要な成果物として扱う方向へ進化し、長いメモを書くことをほぼやめた。他のコンサル会社もそれに続いた。
2000年代になると、スライドはさらに華美になった。コンサル会社はフォーマットのルールを進化させ、凝ったデータ集約的なチャートを作り出した。200枚のスライドデッキがクライアントに「元を取った」と感じさせることを彼らは学んだ。徐々に、彼らはビジネス全体をスライド中心に方向づけていった。プロジェクトはマネージャーが「ゴーストスライド」入りのテンプレートプレゼンを作成し、若手アナリストに各パートを割り振ることから始まるようになった。やがてこれは外へと広がっていった。コンサルと接点のある人々からも、元コンサルというディアスポラからも。どこでも人々がスライドで考え、スライドでコミュニケーションするようになり、そして今やすべてがスライドだ、やったね!
もう一つの歴史
この物語は、ドキュメントとしてのスライドが必然だったかのように聞こえる。みんな気に入ったから普及した、と。しかし、スライド至上主義への転落に抵抗したもう一つのタイムラインがある。それがAmazon.com, Inc.だ。
2004年、ジェフ・ベゾスはAmazonでプレゼン禁止令を有名な形で導入した。彼の論理は、スライドは稚拙な推論を隠し、知らせるためというより説得するための道具だ、というものだった。その代わり、Amazonで戦略的意思決定に関わるすべての人は、6ページのメモを書くことを学ばなければならない。会議は全員が座ってそのメモを黙読することから始まる。
Amazonでプレゼン用ソフト自体が禁止されているわけではない。禁止されているのは、社内の会議や意思決定にそれを使うことだけだ。対外的なコミュニケーションにはスライドを使っている。誰かがスライドを作ってメールで回すことを禁じるポリシーは存在しない。
それでも人々はスライドを作ってメールで回したりはしない。それがAmazonの文化ではないからだ。実質的に、Amazonは対抗運動なのだ。世界の大半はスライドは簡単だから良いと判断した。ベゾスは書くことは難しいから良いと判断したのだ。
ベゾスのポリシーがいかに天才的かを説明する記事は何百万とある。彼らは、物語を構築するにはより深い分析的思考が必要で、論理の欠陥を露わにするのだと主張する。私もその説を信じたい。今気づいたのだが、それは私が以前した、過剰なフォーマットを伴う文章がなぜダメなのかという議論のいくつかとよく似ている。
書くことがAmazonの成功の秘訣なのかどうかはわからない。だがAmazonは確かに成功している。これは、スライド漬けの生活は選択であって技術的必然ではないことを示している。組織はスライドではなく書くことを選び、それでも繁栄できるのだ。
で、結局何が起きているのか?
警告:シンプルで単一原因のセオリーがお好きな方は、これは気に入らないだろう。
- スライドは得ではあるが、小さな得だ。スライドへの移行は「間違い」ではなかった。みんなが気に入ったから起きたのだ。だが、プレゼン以外でのスライド共有が違法になったとしても、一人当たりGDPが暴落するようなことはない。だからこそ1950年代に人々は謄写版の原紙にスライドを刻んだりしなかったのだ。わずかな手間に見合わなかったのだ。
- コンピュータやソフトが登場したとき、スライドを共有するのはより簡単になった。だが人々はすぐにドキュメントとしてのスライドへ移行しなかった。得がそこまで大きくないから、文化はゆっくりしか変わらないから、そして誰もがすでに文書を読み書きするスキルを持っていたからだ。
- コンサル会社は、たまたまドキュメントとしてのスライドへ進化する選択圧が最も強い経済的ニッチにいた。だからスライド作成が安くなったとき、彼らは移行した。ゆっくりと、その規範は外へ広がり、人々はスライドでコミュニケーションすることに慣れ、そして今に至る。
- 組織はその規範に抵抗しても成功できる。現代人を捕まえて読み書きを強制すれば、彼らはちゃんとやってのける。
- 人類は断片的で、インタラクティブで、視覚的なスタイルで学び、コミュニケーションするように進化してきた。その方向へのいかなるシフトも破局だと言うのは難しい。
- ただしブログは別だ。ブログの衰退は食い止めなければならない。
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