見方を変える5つの小さな物語
原文は Derek Sivers により に公開されました。 このブログを購読する
オリンピックの表彰台に、金・銀・銅のメダリスト3人が立っていた。銀メダリストは、あとほんの少し速ければ――金メダルまでわずか数ミリ秒だったのに、と自分に腹を立てていた。一方、銅メダリストは、あと数ミリ秒遅ければ何も手に入らなかったのだからと、自分の結果を心から喜んでいた。
何をやってもうまくいかないと落ち込んだ元教え子が、恩師を訪ねた。悩みを打ち明けると、老いた先生は言った。「1から100までのうち、私の考えている数字を当ててみなさい」
「50?」
「もっと上だ」
「75?」
「もっと下だ」
挑戦を重ねるごとに彼女の顔には笑みが戻り、やがて正解にたどり着いた。そして彼女は礼を言った。間違いは失敗ではなく、成功に一歩近づいたのだと思い出させてくれたことに。
ブラジルを訪れていた日本人ビジネスマン2人は、昼食を午後1時に届くよう手配していた。ところが食事が実際に届いたのは午後3時。一人は激怒した。もう一人は、時間に対する文化の違いを目の当たりにして面白がり、自分の期待のおかしさに笑った。
長年連れ添った夫婦が、離婚したばかりだった。男の友人たちは沈痛な面持ちで彼に声をかけた。「ああ……さぞつらいだろう」しかし一人の友人だけは喜びとともにこう言った。「おめでとう! うまくいっている関係を誰も自ら終わらせたりはしない。苦しみに終止符を打った君たちを誇りに思うよ」この言葉で、彼は初めて気持ちが楽になった。
愛する人の死を、どれくらいの期間悼むべきなのだろう。何年も、あるいは生涯をかけて悲しみ続ける人もいる。だがニューオーリンズの伝統的な葬儀では、楽団が棺とともに通りを進み、厳かでゆっくりとした弔いの曲が数分続いたあと、音楽は一転して陽気で祝祭的な調べへと変わる。葬儀はその人の人生を称えるパレードとなり、焦点は悲しみから感謝へと移っていく。悲しみから喜びへと切り替えることは、人生で最悪の時にさえ、常に選べるのだ。
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